一時、梅雨に後戻りしたような天気で少々鬱積が溜まりつつあった週末の天気予報がまずまずの予報となり、久々に祖母山系にでも、と考えていた時にふと思いだしました。今年2月、「4人合わせて概ね二百歳パーティ」企画で、祖母山へメンノツラ経由で登り、苔むした場所で休憩している時、大崩山系を歩き倒していしゅぷ〜るさんが、「もちだ谷の雰囲気に似ていますね」の一言。自分は大崩山自体1度しか登ったことがなかったので、それなら、猛暑の中登るなら谷なら少しは涼しいはず、と考えもちだ谷を詰めることにしました。 某山地図にもしっかり実線で描かれ居るので、あまり深く考えず登れるはず。ただ、地図のタイムを積算する大崩山登山口から山頂まで5時間。うーん、ちと長いなぁ。と思いながらも止めとけばいいのに、テント泊装備一式を背負いトレーニング仕様です。これに加えてプチハプニングも有り、と下ってみるとかなりバテバテ状態でした。 登山口を5時半頃出発し、まずは順調に歩いていきます。途中、木山内岳への分岐、スラブ、等々少し緊張しながらも楽しみながら足を進めていきます。瀬戸口谷の手前にナメ状の谷があり、当初これを瀬戸口谷と勘違い、瀬戸口谷に着いた所で、間違いに気が付きました。ここまでは、基本登山道だったので間違ったり、迷ったりすることが無かったのですが、ここから先は川を見ながらの遡上となり、これまで目印、登山道を確認して登ってきた感覚からすると、いきなり荒野に放り出された印象です。 よく見ると、ケルンやテープ、ひも等の目印が所々にありますが継続性が低くあまり頼りになりません。後で感じたのはとりあえず歩ける場所を歩けば良かったかな〜、と。その方が気が楽だったと思います。水量は普段より少し多いようにも感じましたが、以前は川釣りをしていた者としては少ない位ですが、場所によっては靴の中が浸水してしまいました。上流に向かって左側に滝が見え川の左岸を歩いていると「鳥獣保護」の赤い看板が2枚とやたらめったら目印の多い場所があり、直感的にここがもちだ谷の入口か〜と思い少し進むと、「もちだ谷」と書かれた木の看板がありました。 ここからは谷に沿って登っていきます。メンノツラ谷に比較すると全般に目印が少なく、お初のソロにはちと不安、それに加え支流も多く、何度かGPSで確認しながら登っていきます。また、昔の看板なども目に入りGPSの軌跡が「蛇行」した箇所もありました。気分的にはお初のメンノツラを思い出しながら登っていたので、精神的疲れは少なかったように感じました。谷は見上げる木々、苔むした岩と本当に綺麗で、できればもう少し早い時期に歩きたかったと感じたし、途中からは谷全体が苔むしていて、その規模はメンノツラより広いものでした。 ただ、このあたりから急登(帰宅後カシミールで眺めて分かったことですが・・・)となり、もう少しで上の登山道に出るはずと思うと余計に息があがりました。その途中には「遭難の碑」があり墜落した飛行機エンジンの部品らしい赤く錆びた金属が積まれていました。この前後から目印も要所要所に付けられていました。 湧塚、坊主尾根から来る登山道に出ると目印はあるものの、3年ほど前に登った時の写真で確認できた看板等は無くなっていました。あとは、ほとんどフラットな道を歩き地味〜な山頂(これほど虐げられた山頂も珍しいのでは、と何処かで読みました)にようやく到着。確かに景色も何も見えないので自分も近くにある石塚に移動して休憩です。 やはり、荷物が重く体に堪えたせいで、まともに物を食べる気も起こらず、まずは我が家から持ってきた大粒のぶどうを頬張り、その後定番の「甘夏かん」を食した時のことです。最初は、ぶどうのあとだから味が違うのかな〜・・・? 改めて確認しながら食べると、食感は硬く、酸味が少なく、そーいえば色も少し褐色がかった色、改めて賞味期限を確認すると約1年以上が過ぎていました。でも、1年過ぎたぐらいで、と思う反面、以前、我が家のフルーツ缶詰が腐敗して缶が膨らんだこともあったので、すでに2/3は食していましたが一番楽しみであるシロップも含め残りは廃棄処分、おまけに何となく気分も悪くなるし腹の調子が悪くならない事を祈るばかりでした。缶詰の賞味期限は守った方が良さそうです、というお話でした。 さて、本来なら来た道を下る予定でしたが、予想外の疲労と想定外の缶詰事件でテンションは下がり、ここは以前歩いたことがある坊主尾根を下ることにしました。坊主尾根を登ったのは3年以上前のことで下りながら感じたのは、何カ所かコースが変わっていることでした。下りとは言え、階段、ロープでかなり上半身を駆使することもあり、さすがに途中、疲れて風のとおる岩の上で寝ておりました。谷ではタオルを濡らして体を冷やすなどして、ぼちぼち下っていきました。 今回のコース、出掛ける前に情報収集すると、テント泊のレポが多いように感じましたが、実際歩いてみて、もちだ谷入り口付近でテント泊して、翌日はゆっくりもちだ谷を楽しみながら詰めるぐらいの行程がちょうど良いなぁ、と改めて感じた次第です。 (2012.8.18) |
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(1) 地図「1.湧塚尾根分岐」 |
(2) 地図「2.展望の良い岩場」 から撮影。夜明け直後は赤く染まっていました。残念ながら木々により撮影できませんでした。 |
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(3) 地図「3.木山内岳分岐」 看板もあります。 |
(4) 地図「4.小スラブ」 小さい場所ですが濡れているので慎重に歩きました。 |
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(5) 地図「5.スラブ」 |
(6) 地図「6.はしご」 下って見上げた所です。 |
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(7) 地図「7.ナメ谷」 瀬戸口谷の少し前。写真では分かりにくいですがナメ状の谷です。あとで瀬戸口谷と違うことに気が付きました。 |
(8) 本流。徒渉点の看板があったので渡りましたが・・・この辺りの記憶が曖昧。 |
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(9) 瀬戸口谷出合。 |
(10) 地図「8.鳥獣保護看板」 瀬戸口谷出合に立っていて、支柱には×点書かれていたので、この尾根には取り付かず川に沿って、遡上しました。 。 |
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(11) 地図「9.天場」 この手前にもう1箇所天場がありました。ここを通過してすぐ川に戻ります。 |
(12) 地図「11.もちだ谷入口看板」 この手前、川沿いには鳥獣害保護の看板と大量のテープが貼られた場所があり、そこが入口になります。ここまで、3回ほど川を渉りました(多分)。 |
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(13)もちだ谷の森 |
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(14) 地図「12.巨石」 高さが10m位あり谷の合流箇所でもあります。 |
(15) 地図「13.巨石U」 この付近まで目印が薄いので、人為的な状況があるとちと安心します。。 |
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(16) 地図「14.遭難追悼碑」 ここからあと標高差100mで上の登山道に合流、この手前から目印は多くなります。 追悼碑をよく見ると説明書きが書かれていますが、かなり判読しにくくなっています。昭和33年の飛行機事故の追悼碑で手前には部品が積まれています。 |
(17) 地図「15.合流地点」 3年前の写真を確認すると、真ん中の木に「もちだ谷」の看板が掲げられていました。 |
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(18) 大崩山山頂。三角点にタッチ、滞在時間1分程度でした。 |
(19) 近くの石塚で傾山方面を眺めながら休憩。 |
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(20) 正面に見える湧塚尾根。よく見ると1人歩いていました。 |
(21) 小積ダキより。 |
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(22) 象岩。 |
(23) この辺り、かなりくたばっていました。休憩中、靴をよく見るとあちこち糸がほつれ分解寸前です。 |
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(24) ようやく徒渉点に到着。 |
(25) 登山口。10台ほど駐車していました。道ばたで行水していると福岡方面のナンバーの3台が到着しました。 |
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