天気予報どおり雨が降りました

 先週は祖母山でハード&のんびりなパーティを開いた翌週、本当はそろそろ傾山でも登ろうかと画策していましたが、土曜日は所用で、日曜日は午前中に法事があることを週末になって嫁さんから聞き日曜日の午後しか時間が空かず天気予報を見ると大好きな雨マーク。ただ、大雨でもなさそうだったので意を決してプチボッカで登る準備だけしておきました。

 さて、法事は半世紀前に旅立たれた曾祖母の最後の法事です。曾祖母が生きていた頃、自分は当然のことながら赤ちゃんで何も覚えていませんが、良く母から聞く話は、赤ん坊の自分がはいはいして曾祖母の近くに寄っていくと「この子は偉いばい、前も後ろも頭が出ちょる」と可愛がっていたそうです。というのも、他の従兄弟などはお小遣い目的で曾祖母に近寄る他はあまり接近しなかったようです。自分ももう少し年がいってるとそうだったかもしれません。

 葬儀の時、自分は1歳と数ヶ月。50年前ですから葬儀は当然自宅、葬儀の際、皆さんがこの赤ん坊の処遇をどうすべきか議論になったらしいのですが、とりあえず叔母の膝の上に座らせたそうです。しかし、赤ん坊は泣くことも騒ぐこともなく1時間のお経の間じっと座っていたそうです。
 高校生頃まではお盆前に母と曾祖母がいる墓掃除をしていました。草取り作業が結構大変だったので終了すると思わず打ち上げ花火をしてたことも思い出しました。
 時折、ひょっとしたら誰かに守られているのかな〜、と感じることがあります。これといった確証も根拠もはたまた霊感など全くありませんが・・・ 改めて、今回法事を通じて感じたのは曾祖母もその一人だったんだ〜、と。

 そんな、法要が終わった後我が家を出発し正面登山口に着いたのは12時過ぎで、天気予報のせいか登山口には1台しか停まっていません。いざ、着替えを始めて、はたとパンツを忘れたのに気付き、これを口実に登るのを止めようか、などと企む一方で、気温もそう低くないし、ブリーフの上から直接カッパを着れば良っか〜と。
 そんなハプニングの最中に思い出したのは今日は琵琶湖マラソンの日!携帯ラジヲを持参していざ出発です。年始めに登った時は箱根駅伝で往路最終区間で柏原選手の激走を聞きながらでした。
 今回もマラソン中継を聞きながら登ると、なんだか休む気も起こらず衣類調整以外は一気にマタエまで、この頃にはほぼ優勝選手、日本人選手の順位も確定しつつありました。

 マタエ付近は凄い風でメガネは霧で見えないし、足元はおぼつかず挙げ句の果てにザックカバーが飛ばされこれの回収に時間がかかったり、と本日は景色を楽しむ環境は無く東峰山頂も数分間の滞在で、往復でほぼ3時間の山旅でした。雪は北側斜面に残っているくらいで、登山道に雪はありませんでした。

 







登山口付近からガスでした。





合野越、ここは素通り。




  

マタエ。かなり強風でした。





東峰。
天候の回復は全く見込める要素もなく
琵琶湖マラソンを聞きながらさっさと下山へ。

















下山後いつもの撮影ポイントにて





正面登山口の東屋。下山してくると自分の車だけでした。